(有)阿蘇エンタープライズ
2022年12月08日
ブログ
人生90年時代の住宅事情Ⅳー昭和とはどのような時代だったのかⅡ
当社の事務所の所在する、熊本市東区若葉は昭和18年に区画整理が行われたところです。戦時中に、現在の熊本市東区健軍地区に三菱の飛行機製作所が新規で開設されその工場の工員社宅建設の為に区画整理されたエリアです。
現在の健軍商店街を中心とする健軍エリアは社員や青年学校の寮生のための宿泊施設等のエリアとしてスタートしています。
現在の若葉・新生・南町等のエリアは工員住宅として設定されていたため、長屋が建築されており一戸当たりの土地面積は30~40坪前後の広さです。また、幹部社員の社宅として設定されていた湖東町の住宅はあたり100~110坪前後で設定されていたようです。長屋ではなく、一戸建として考えると、当時は土地の広さとしては一軒あたり100坪前後という感覚だったのではないかと思われます。
時代が変わって、昭和40年代中ごろに区画整理が行なわれた、東野地区、桜木・花立地区になると一区画の面積が70~90坪前後のようです。そして、昭和60年代から平成の初めごろになると60坪をはさんでその前後を中心とした区画割がされてきているように思われます。
令和の昨今は、全国チェーンの住宅会社の建売住宅をみると、一区画30~40坪前後の土地の建売住宅がかなり増えてきている感じがします。
これも社会の諸々の状況や人々のかんかくの変化を表しているのではないでしょうか?
今後の住宅等のあり方について推測していく時の一助になるのではないかと思われます。
関連した記事を読む
- 2023/03/15
- 2022/12/31
- 2022/12/30
- 2022/12/15